<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>玄米食を基本とした食事療法が、あらゆる病気を治す！</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.siawase-iryou.jp/atom.xml" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97</id>
   <updated>2011-11-14T08:20:23Z</updated>
   <subtitle>玄米食は病気を治す事のみならず、人が健康に生きる上で欠かすことの出来ないものだと確信しています。特に様々な農作物や家畜が汚染されている現在、玄米を日常的に食べる事によって、栄養素の補給はもちろん、放射線物質などの体内汚染の除去にも役立ちます。</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.35</generator>

<entry>
   <title>食物と病気の因果関係</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/食物と病気の因果関係.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8902</id>
   
   <published>2011-11-14T08:05:33Z</published>
   <updated>2011-11-14T08:20:23Z</updated>
   
   <summary>「食は命なり」と覚れば、病気は食物に因縁し、縁起することを理解できます。 なぜな...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[<span class="b">「食は命なり」</span>と覚れば、病気は食物に因縁し、縁起することを理解できます。

なぜなら、病気は生命現象のひとつにすぎません。

生命現象は命の現われかたと、象です。

病気は、食物の微分現象にすぎません。


私は幼少の頃から弱かったおかげで、風邪をひいたり、腹痛で苦しんで寝こむたびに、なぜ風邪をひいたのだろうか、なぜ腹痛になったのだろうかと、フトンに寝て天井を眺めながら考えたものです。

その頃は、まだ、食物の秘密をまったく知りませんでしたから、飲み食いに病気の原因があることなど思いもつきませんでした。

この考える習慣のおかげで、後年「食は命なり」とか、「食なきところに生命現象なし」という格言に触れた時、雷光にうたれたように「食」の重大性を察知させられました。

すでに他の拙著（『生活革命＝玄米正食法』や『「元気」の革命』など）に書いたことですが、私の両親は、私の誕生以前に三人の男児を病死させています。

長男を八歳で、二男を四歳で、三男を一歳で、いずれも赤痢・疫痢でした。

三男を失った翌年に私が生まれ、私も生まれると同時にジフテリヤにかかり、死線をさまよったようでした。

子どもを連続して病死させた両親の反省は、医者と薬の世話になるのが手おくれだったという認識でした。

ですから私のからだのぐあいが悪くなると、なにはさておき、すぐに医者に駆けこんで、注射をしてもらい、薬をのませることでした。

私は胃腸の弱い子でした。

もっとも、これは、私だけではありません。

母も胃腸は弱かったし、二人の姉と一人の妹も、みな胃弱でした。

いま考察すると、胃弱になる飲食物を母は好きでしたし、母の両親も好きだったようです。

私たちは胃腸薬と消化剤（重曹など）と保健薬（わかもととかエビオスなど）を手離したことがありませんでした。

両親は明治32年（1899）生まれです。

明治・大正・昭和前期は、白砂糖は貴重な食品で、白砂糖を使える家庭は教育文化度の高い家だなどといわれた時代です。

母の家系は教育水準の高い一家でしたから、「白砂糖は教育文化のバロメーターである」という名宣伝文句に、ウマウマとのせられたようです。

白砂糖好みとなって、胃腸の弱い家系となったといえます。

母はその代表選手になったかのありさまで、三人の男児を赤痢と疫痢で死亡させたのです。

白砂糖が、胃腸を病弱にして、そこを赤痢菌や疫痢菌が温床にする因果関係を知っていれば、悲しいおも念いをせずに済ませられたはずです。

ところがその時代は、子どもを赤痢や疫痢で失なうのはありふれていて、一種の流行病として、これに雁患するのは「運」が悪かったこととして見過ごされたのでした。

「殖産興業」の国策から、砂糖産業も政府の援助補助を受けて繁栄に繁栄を重ねた時代です。

政府は、食物と病気の因果関係を知りませんから、難病が砂糖によって起きてることなど想像すらできず、砂糖の消費普及の音頭とりを行っていたのです。

この結果、教育熱心で国の教えや指導に忠実なバカマジメな国民ほど、可愛い子どもを流行病で死なせ、死なせずに難を逃れた子弟は、軍国の英霊へとこれも犠牲に供す結果に終っています。


要するに、巧妙な宣伝の裏には必ず大きな落とし穴があって、善良なる弱者はいつの世でも悪賢い強者の権力者悪徳商人の犠牲に供される憂き目に遭う仕組みになっています。

こうした「悪の仕組み」を見抜くには、「食物の秘密」を是非とも知っておく必要があります。


私の両親は、三児を病死させた真の原因が何であったかを正確に理解せぬまま、その後も生活をし、生涯を終えています。

赤痢・疫痢は胃腸の極端な塩ぬけ症状が原因です。

白砂糖を文化家庭のシンボルなどと洗脳されて消費につとめ、このほか胃腸の脱塩を促進する飲食物、たとえば当時としてはサイダー、ラムネ、かき氷、キャンデー、スイカ、メロン、トマト、氷砂糖、キャラメル、カステラ、甘納豆など、こうした口あたりのよい甘いものを常食していては、赤痢・疫痢にかかるのは当然です。

胃腸に正常な塩分が保たれなければ、健全な消化吸収活動はされず、血液と体液の塩分濃度に応じたさまざまな病気が派生してきます。

私の幼少期に、こうした食物が身近にあふれていたということは、父も母も、三児が飲食物のまちがいの犠牲になった原因を正しく理解できなかった証拠であり、正しい反省がなされていないことを物語ります。

父母は原因究明を自分たちでは行えなかったので、私への遺産としたのかもしれません。

私は、こうした甘い飲食物を中心に、医者と薬と栄養食によって育てられることになります。

<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/">大腸がんの食事療法</a>

そして、いっこうに丈夫にも健康にもなりきれないのでした。

出産後のすぐにジフテリアになったのち、脱腸になっています。

二歳の時に脱腸はどうにか治り、その後は風邪と腹痛の繰り返しです。

自分でも、飲み食いに、いやしい食いしん坊だったと記憶しています。

邪食の暴飲暴食は、かならず、病気や怪我を誘発します。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>食事療法の効果が現れるのは、時間がかかる</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-cures-illness/食事療法の効果.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8901</id>
   
   <published>2011-11-13T13:03:43Z</published>
   <updated>2011-11-13T13:04:45Z</updated>
   
   <summary>玄米を、よく噛んで、コツコツ、モグモグ根気よく食べつづけると、いつしか体調は良く...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米が病気を治す" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[玄米を、よく噛んで、コツコツ、モグモグ根気よく食べつづけると、いつしか体調は良くなります。

慢性的な病気もちのひとに私は、

<span class="b green">「あせらず、あわてず、あきらめず、バカのひとつおぼえのごとく、コツコツとつづけなさい。それがいちばんの、かしこい早道です」</span>と助言します。

モノゴトには、すべて、手順がある。

順番がある。

秩序がある。

順番がこなければ成就しない。

順番がきて実現する。

病気の場合、はやく治りたい、はやく治したい、と誰もが気は急きます。

しかし病気にも病人にも、それ相応の<span class="b red">前科</span>と<span class="b red">因縁</span>がある。

この前科や因果のひとつひとつが一枚一枚うす紙をはがすように、人が本来もっている自然治癒力のはたらきで、はぎとられ、消え失せるのには、それなりの順序がある。

その順序には、それなりの時間を要します。

根本的治療と治癒には、根気と忍耐が要るのです。

<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/" target="_blank">食事療法</a>は根本療法です。

それゆえ<span class="b blue">「あせらず　あわてず　あきらめず」</span>の精神が必要です。

<span class="b">「そんなのんきなことは、していられない。言ってもいられない。患者は救急を要すのだ。即時即刻の手術や注射や輸血や点滴を必要とする」</span>

というのなら、そうなさるがよろしいでしょう。

食事療法や食養療法は、天命にさからって行う方法ではありません。

良寛さんが「災難に遭う時節には災難に逢うがよく、死ぬ時節には死ぬがよく候」とおっしゃった。

その精神が必要です。

覚悟が必要です。

西洋医学の方法の現代医療は、天命を待つとか頼る方式ではない。

医療技術力で可能なかぎりの処置をする。

施療側の考えで必要なら、いくどでも同じような手術でも投薬でも行う。

病症に対応することはすべて、正当化される。

ですから「手術は成功だったが、病人はたすからなかった」などという報告になります。
さもなくば、植物人間、廃人にしてまでも生かしておく。

赤血球の腸造血説を唱えられた千島喜久男博士（1899〜1978）は、<span class="b purple">「自然には飛躍はない」</span>と申された。

含蓄の深い鋭いきびしい言葉です。

自然には飛躍はない。

なにごとも、なにものも、すべて、ひとつひとつの根拠、手順、秩序がある。

万物万象は、ひとつひとつの積み重ねの結果です。

この場合の「飛躍」は「手抜かり」とも考えられる。

「自然には手抜かりはない」と言い換えてもよいかしれません。

短い表現の中に、全宇宙、大自然の真理がみごとにとらえられていて、実にスバラシイ言葉です。

私たち人間の行うことは、どんなに綿密周到な行為行動のつもりでも、手抜かりばかりです。

時間がたつと、それらがいかに多かったかが、明白になる。

欠点や欠陥が露呈してきます。

どんなに精密・精細・精巧に諸事万端、一心不乱に集中努力・尽力しても、人間の行うことは手抜かりと手抜きばかりです。

科学は分類・分析が本質ですから、科学技術が進めば進むほど、手抜かりや手抜き部分が派生してくる。

科学の宿命です。

これゆえ、科学万能だなどと解釈していたら、とんでもない落しアナに墜落します。

人類はいま、まさに地獄のアナに墜落しかかっています。

これにくらべ、自然（神）の行いに、ムダも手抜かりもない。

ひとつとして飛躍はありません。

それなのに私たちは、人間の行うことのほうが、自然が行ってくれることよりも、すぐれていると考える。

これは、大きな錯覚です。

大きな大きな考えちがいです。

食べもので病気を治すということは、自然（神）の手順におまかせするということ。

自然の手順にまかせると時間がかかり、それに対応する人間の手順もかかります。

このへんの事情を納得できなければ、自然の手順などおかまいなしの人間の手順優先の医療や医術をたよるのがよい。

そのかわり、手抜かり、手抜き、副作用、後遺障害など落し穴が付随していることを覚悟しておく必要があります。

化学医薬品の副作用、放射線や放射能の副作用なども、便利のうしろにかくれひそんでいる障害、人為人工の手抜かり、手抜きの一例です。

玄米の力が十分に発揮されるためには、それなりの時間・空間の手順が必要です。

<span class="b f12em">「あせらず　あわてず　あきらめず」</span>は、そのための、こころがまえです。

このこころがまえで、コツコツとつづければ、いつしか風邪にかからない体質になり、アレルギー体質やその他の不健康体質を改善できて、<span class="b blue">いつしか病気のない身体と家庭になる。</span>

したがって、本当なら、もうこれ以上のことを述べる必要はないのかもしれません。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>食事を改善する事は「血液のいれかえ」である</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-and-cancer/病気は瘡血.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8900</id>
   
   <published>2011-11-12T01:23:01Z</published>
   <updated>2011-11-12T01:42:12Z</updated>
   
   <summary>環境という広義の「食」と、口から摂取する狭義の「食」と、これの在り様と摂り方が、...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米とガン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[環境という広義の「食」と、口から摂取する狭義の「食」と、これの在り様と摂り方が、すべての生物と生態系の健康、不健康、病気をつくる。

「すべての病気の原因は【食】にある」といって過言ではありません。

環境が病めば、その環境の生物および生態系は、順次、病んでいきます。

毎日食べる食物がさまざまなかたちで汚染されて病んでいて、その食事法もまちがっていれば、人体はおそかれはやかれ病み出さざるをえません。

なぜでしょう。

この点を、もうすこし具体的に、考察してみましょう。

いま、あなたか、あなたの家族か、愛するひとかが、病気か、病的状態にあるとします。
ごく最近までの医学的見解は、なんらかの悪い細菌かウイルスがあなたのからだに侵入して、体内で繁殖をはじめて悪い活動をし、ことによるとあなたを死亡させかねない。

したがってそれらの細菌やウイルスをはやく見つけ出して皆殺ししなくては危険である、という論理です。

いまでも、この考えでの治療は主流をなしています。


これに加えて最新の見解は、遺伝子が損傷していないか、欠損していないか、という探究が加わってきています。

目に見えない超微小の世界の研究は、自他ともにえらい立派な仕事をしていると思いこみがちです。

細菌やウイルスや遺伝子の研究も重要ではあります。

しかしそれらは、「血液」にくらべたら、大海の一滴か、氷山の一角ぐらいにしかあたりません。

ありふれてはいますが「血液」こそ、基本的にもっとも重要なものです。

「病気になる」＋「病む」とは、血液が病んでいるということにはかなりません。

自分ではよいと思って行ってきた日々の飲み食いが、じつは血液をたえまなく汚濁させ、不健康にし、病的状態にしてきた。

病気は血液の信号です。

素粒子が地球や月や星や太陽の生命素であるように、血液は人体の生命素と考えられます。

生命素に異常や変異が生じれば、それ以降のすべてに異常や変異が継承される。

「自然には飛躍はない」のですから、根元が狂えば、順次に狂いは生じる。

根元が病めば、順次に病気が派生する。


食べたものが胃腸で消化吸収されて、血となり、肉や骨となることは、すでによく知られていることです。

その食べものに、毒性物質や有害物質が含まれていれば、そのぶんだけ血液は質が悪くなり不健康となり、五臓六肺や神経はそれを解毒したり排除する余分な負担を蒙ります。

毒性物質や有害物質とは、一例をあげれば、化学農薬、化学肥料、化学飼料、化学医薬品、化学調味料、化学食品添加物、放射能、大気汚染・水源や海洋の汚染物質などを指摘できます。

食物および食素材に、これらがたえず十分すぎるほど含まれていたり添加されていたのでは、内臓諸器官が懸命にはたらいても、いずれは処理しきれなくなって疲れてしまう。

血液の質の低下、劣化は防ぎようありません。


これに加えて、必要以上の栄養過多食によって、それも無秩序な雑食によって、血液の汚濁は進行します。

これは私たちが生活する都市の下水道や河川や湾岸の汚染や汚濁と同じです。

汚染度が大きければ、虫や魚も微生物も植物も生き永らえず、生物の棲息できない生命なき川や沼や海になってしまうことはよく知られています。


血液、体液の汚濁も、これと同じです。

血液は汚濁が常習、恒常化すると、やがてからだの弱い部分に汚れた血液溜りができてくる。

<span class="b red">「瘡血」</span>と称するものです。

瘡血が生じると、その部分は血液の流れはさらに低下して汚血を滞留させ、代謝不良や不能状態になる。

瘡血の主成分にもよりますが、その部分は低温化して体温にバラツキが出てくる。

体温のバラツキを修正しようと発熱症状が出てく色あるいは瘡血部分は自己腐敗や崩壊をはじめて炎症となる。

そうならない場合は凝結から凝固へ進行して腫瘍となる。

腫瘍は、血液の汚濁度に応じて、そのままの形態を持続する場合と、発ガン性物質のひき金でガンへと進行するケースにもなる。
<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/1109240002.html" target="_blank">ガン再発を防ぐ為のおすすめ食事☆「有機（自然農法）玄米＋雑穀米」</a>
要するに「瘡血」が生じる状態の血液は、すでに深刻な病的状態です。

瘡血が生じると体内の生理活動はすべて低下して、不活性化してくる。

これを防止し代謝を活発にさせるがために、からだは局部から全身的の発熱をはじめます。

これによって病状を鎮静化することもあれば、促進させてしまうこともある。

血液の状態が改善されれば鎮静化し、血液が改まらなければ悪化することになります。

したがって、これらの症状や病勢を解消方向に転換するのには、血液の質的状態を一歩でも二歩でも、一段でも二段でも、良くすることに尽きる。

血液状態をすこしでも改善すれば、現状よりは良くなることはまちがいないことです。

血液状態を、どのようにして現状より良いものにするか、良いものにできるか。

これが病気を治す方向へ導けるか、導けないか、治せるか治せないか、治るか治らないかの別れめとなります。

玄米には毒性有害物質を中和し、解毒し、排除排泄する成分と力がある、このことはまえに述べました。

玄米には浄血力があるとともに、よい赤血球をつくるすぐれた成分をたくさん含んでいる。

玄米の、この成分と力が十分に発揮されるためには、正しい料理法が必要です。

正しい食べものを、正しく料理して、正しく食べるという食事法が守られなくてはなりません。

<p class="box2">栄養あるものをたくさん摂らなくてはいけないとか、栄養あるものならなんでも食べてよいという指導は、まちがっています。</p>

血液を清浄に活性化する飲食でなくては、「栄養」の意味も果たしません。

栄養があれば何を食べてよいとか、栄養のバランスがとれていれば大いに食べなさI74いなどという指導は、無責任です。

どんなに栄養があろうと、どんなにおいしかろうと、患者がどんなに好み欲しようが、いまの血液状能首悪化させる飲食は、与えてはならないし、飲み食いしてはならないのです。


食い改めとは血液の入れかえですから、悪い血液の原材料だったいままでの飲食物をすべて改める、これが治療と治癒の根本です。

食い改められれば、あとは自然治癒力という名の神様におまかせすればよいのです。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>食べると疲れにくくなる食事【玄米】</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/疲れにくくなる食事.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8899</id>
   
   <published>2011-11-11T06:22:37Z</published>
   <updated>2011-11-11T06:42:29Z</updated>
   
   <summary>次の考察でも、玄米の優秀さはわかります。 糖質（デンプン・ブドウ糖）は消化の過程...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[次の考察でも、<span class="b blue">玄米の優秀さ</span>はわかります。

糖質（デンプン・ブドウ糖）は消化の過程や、完全燃焼されなかったり腐敗すると<span class="b red">乳酸</span>になります。

激しい労働や運動をしたあと、筋肉が痛くなったりするのは不完全燃焼の糖質や老廃物質から生じた乳酸が代謝されきらずに筋肉組織に滞積して起こる現象です。

乳酸は疲労素にもなる。

乳酸を疲労素などにしないためには、ビタミンB1が必要です。

玄米には、これが（「めし」にした場合で100グラム中0.16ミリグラム）備わっている。
<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/1109240002.html" target="_blank">ガン再発を防ぐ為のおすすめ食事☆「有機（自然農法）玄米＋雑穀米」</a>
玄米自体の糖質を十分に活性化する最適最良のビタミンB1がきちんと準備されています。
白米（��めし″にした場合で100グラム中0.03ミリグラム）は、このビタミンやミネラル類を剥離剥脱してしまっている。

このゆえに、白米自体はほとんどが糖質です。

白米が消化され吸収されるためには、他の食品や体内からビタミンやミネラルを補充せざるをえません。

白米食は疲労素になりやすく、腐敗酸化しやすいものを食べているわけです。


このように玄米と白米とでは、同じ炭水化物でありながら、体内でのはたらきは大ちがいです。

精白・精製産業は、からだを不健全・不健康にさせて、薬品業や医療を繁昌させるための事業であることが、この一事でも明瞭です。

見た目や舌先きだけを満足させ、ラクに安直に食べられる飲食物は、体内ではまったく逆の毒素化しやすいものであることを理解しておくことが必要です。

　もちろん、見た目が悪るいもののほうがすべてよいというわけではありません。

天然自然をあまりにも過度に人為加工すると、自然本来の生命力が害われたり失われて、本来のものとちがうものになってしまいがちであるということです。

天然自然の形で飲食できるものは、なるべく最小限度の加工や手の加えかたで飲食する、そのほうが生命力を害わずに授受できることになります。

��栄養″を摂るという思考や知識は、自己中心・人間中心主義のもので、まちがっています。

「生命」を天地自然、宇宙、神から授受するという考え方や思想に立つべきです。

「生命」の授受を正しく行うこと、ひとがひとたる、人間が人間たる使命はこの点にしかないのではないでしょうか。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>食のまちがいが病気の原理</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-cures-illness/食のまちがい.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8898</id>
   
   <published>2011-11-10T06:45:57Z</published>
   <updated>2011-11-10T06:56:43Z</updated>
   
   <summary>食のまちがいが病気の原理で、食い改めが治癒の原理です。 なぜ、こんなことが病気と...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米が病気を治す" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[食のまちがいが病気の原理で、<span class="b">食い改めが治癒の原理</span>です。

なぜ、こんなことが病気と治癒の原理なのでしょうか。


<h3>食い改めるということ</h3>


「食なきところに生命現象なし」という格言があります。

「食」には広義の食と、狭義の食がある。

広義の食とは、日光、空気、大地など生活環境のすべてと、音楽、絵画、書、彫刻、演劇、武芸、舞踏、読書、旅、運動、労働など目・耳・鼻・皮膚などを通して摂取される教養や知識などこれらすべて食物の一種といえます。

狭義の食とは、人体の口からとり入れて胃腸へ送りこむところの、いわゆる日常の飲食物のことをいいます。


ここでいう「食」とは、口で飲み食いする食物のことと考えてくださって結構です。


「食なきところに生命現象なし」を裏返して考えると、「生命現象があるためには、食がなくてはならない」であり、さらに「生きるためには食物がなくてはならない」ということであり、「食わずには生きられない」「生きるには食わなくてはならない」ということでもあります。

要するに「食わねば生きられない」、これが生物生存の原理です。

それでは、ただがむしゃらに、欲するままに飲み食いすればよいかというと、ただ単に生きて死ぬだけならそれで済みますが、ヒトとして、人間として、それなりの生存者として生きるには、生き方と在り様が問題となります。

人間は神の子である、ともいわれる。

それなら、それなりの生き方と在り様があるはずです。

<span class="b">「食正しければ、人また正しい」</span>という格言があります。

食が正しければ、その人は人間性も生き方も健康も正しい、という意味にうけとれます。
飲食にまちがいや不正がなければ、人生にも健康上のこともまちがいはおこらない、という意味にも解せます。

そして、ここでの問題は、「正し」の基準です。

「食正しければ」の「正し」は、いったい何を基準にしているのか。


およそ人間はだれもが、自分を、自分なりに正しいと考え、みなしています。

自分が正しくないことを行っているとは思わない。

これゆえ、自分のまちがいや不正になかなか気づかない。

自分では気づけないから、痛いとか苦しいとか、気分がわるいとか、神が病気や怪我の形で気づかせてくれる。

神が気づかせてくれてるのですから、救いや教えを神に求めるのがいちばん道理にかなっているのに、神に求める前に自分の知識や知に頼ってしまう。

それは神とは何か、神はどこにいるのか、それがわからないから拠りどころができていないのです。

この世の生物は、すべて、宇宙生命の分身です。

宇宙生命の分身ですから、宇宙生命力で生かされている。

私たちは宇宙生命力を、食物という形でいただいているのです。

宇宙生命と宇宙生命力を神と考えてもよいでしょう。

宇宙生命と生命力には厳然たる法則や秩序がありますから、これらをも総称して「神」というべきかもしれません。


ですから「食正しければ、人また正しい」は、「神の教えに従った飲み食いをしていれば、あるいは宇宙法則・宇宙の秩序に随順した食生活をしていれば、病気や不幸になることはない」という意味が明瞭です。

すなはち、病気や怪我は宇宙法則違反、宇宙秩序違反の警告にほかならない。

しかしこうした警告を受けても、自分がどのような違反を、どの程度犯したのか、あるいは犯しているのか、それが分かりません。

それを知るためには、何を、どうしたらよいか。

それが問題です。

この答えはいたって簡単です。

<span class="b box-yellow">「食正しければ病気になるはずがない」</span>のです。

ですから病気や怪我に遭遇したら、いまおよびいままでの飲食と食生活にまちがいがあったと察知せねばなりません。

それも一度や二度ではなく、常習的にかなりの期間にわたってまちがいを犯していたと考えられます。

原因あっての病気や怪我なのです。

以前、白血病のMさん一家の治病体験例を記しました。

医師はこの病気の原因を指摘してくれませんでした。
<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/1109240002.html" target="_blank">ガン再発を防ぐ為のおすすめ食事☆「有機（自然農法）玄米＋雑穀米」</a>
白血病がどういう病気で、患者はいまどういう状態であるかについては検査や診断の結果を説明してくれましたが、なぜ白血病になったかの原因の説明はありませんでした。

しかるにMさんは、「食は命なり」ということ、「食なきところに生命現象なし」ということ、さらに「食正しければ、人また正しい」という食と生命の関係を学んで、いままでの食生活に重大な間違いがあったからこそ、このような難病を招いてしまったと気づくことができたのでした。

自分では正しいと信じこみ、思いこんで行ってきたこれまでの飲食と食生活のどこかに重大なまちがいがあったのなら、これをキッパリ改めれば、改まった結果になる。

そのように判断したのでした。

そして、それは正解でした。


宇宙法則というか自然の摂理、自然の法則、宇宙の秩序、生命の秩序と申してもよいのですが、これに従う正しい食生活に改革する、これこそが病気の原理をわきまえた根本治療から根本治癒に至る基本理念なのです。

これは、個人の病気や怪我や不健康にかぎったことではありません。

家庭はいうにおよばず、会社でも社会でも国家でも地球でも、みな共通してあてはまります。

いま健康で幸福で、どこにも憂いも不安も心配もないというひとは、いまおよび過去に不正も間違いもない証明です。

こういうひとは、食い改めする必要はありません。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>電子レンジ料理はガン体質をつくる</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-and-cancer/ガン体質.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8897</id>
   
   <published>2011-11-09T04:36:54Z</published>
   <updated>2011-11-09T04:47:04Z</updated>
   
   <summary>ガン患者や、ガンで亡くなったひとのほとんどが、電子レンジ愛用者です。 電子レンジ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米とガン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[ガン患者や、ガンで亡くなったひとのほとんどが、電子レンジ愛用者です。

電子レンジ専用家庭といってよいほどに依存しています。

こういう家庭やひとにガンにかかるひとがひじょうに多いのです。

<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/1106241443.html">玄米に含まれている栄養成分は？効果・効能のほどは？</a>
私は約20年ほど前から、電子レンジとガン発症の因果関係を学術的に究明すべきことを、新聞やラジオに提唱すべく投稿しています。

医学的、物理的、生化学的、生理学的等の観点から、政府、学界、業界それぞれが一体になって、真剣に究明されるべき問題です。

これらを放置しておいて、「ガン撲滅運動」は空念仏です。

政府の「ガン撲滅十ヶ年運動」などこそ、単にスローガンを掲げて仕事をしているふりを示しているだけではなく、一個人の医師や学者や民間人や、一企業や病院や研究所では追求しきれないこれらの問題を、まずは研究したり検討や処置の具体化を推進してもらいたいものです。


食物と病気の因果関係例は、以上のほかにも、まだ、たくさんあります。

ここでは、気づいた範囲の事例にとどめます。

要は、病気のほとんどは「食」のまちがいにあるということです。

「食正しければ、人みな正し」という格言のとおり、正しい食を行えれば、病気になることはないのです。

ガン手術や臓器移植などのニュースで、「手術は成功だったが、生命を救うことはできなかった」という施術者・医療者側の感想を見聞することがよくあります。

大手術に成功して、医師も患者も家族もポッと肩の荷をおろし、手術に耐えたごほうびに患者の愛好の飲食物を与える光景がテレビなどに写されます。


患者が愛好の飲食物は、それらがガン体質を形成し、その偏食を食い改められなかったがためにガンの発症となったのです。

ですからガンや難病を徹底的に治療するのなら、徹底的に正食に食い改めをする必要がある。

しかるに、ごほうびに患者の好きだったものや欲するものを安易に与える。

これでは何のために大手術を行ったのかわかりません。

死なせるための行為です。

いっときのうまいものを食べるため、食べさせるための、長時間にわたる手術と、それ以前に何日も何ヶ月にもわたる苦しい検査であったとはバカなことです。

医師も家族も、食物と病気の因果関係を理解できないために、こうした悲劇と浪費がくりかえされます。

「手術には成功だったが、残念ながら生命を救うことはできなかった」という医師の言を見聞するたびにむなしくなります。

こんな感想を述べて医師がつとまるとは、恐ろしいことです。

生命の原理も、医術による治療の原理も、治癒の原理をもまったく理解も体得もできていないことの自己表明です。

医師は神の代理者でなくてはなりません。

私はそう考えるのです。

「それは理想で、現実問題として、そんなことは無理だよ」という声がきこえてきそうです。

いや、けっして無理なことではありません。

食べものの何たるかを理解できていて、「食」の原理が正しく理解され自得されていさえすれば、神からかけはなれた医療などあり得るはずはないのです。

現代医療への不信が高まっています。

当然なことです。

神に敵対する医学、神に対抗する医学にマコトの治療力や治癒力があるはずがありません。

現代医学は、「食べもので治せない病気はない」の医の原点に、いったん謙虚にもどるべきです。

「食べもので治らない病気は医者でも治せない」といったヒポクラテスの言葉を科学的に学び直すべきです。

<span class="b">どういう食べものの、どういう食べ方が、どういう病気になるか、これを見抜く原理があります。</span>

<span class="b">どういう食べものを、どういうふうに食べると、どういうふうに病気を治せるか、どういうふうに病気は治るか、これらを透視し予見する原理があります。</span>

この原理を学習体得すれば、ここに記述できなかった<span class="b blue">あらゆる食物と病気の因果関係</span>を解明できる。

私はこの原理が常識となることを願っているのです。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>農業（食糧）こそ、国家の土台</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/農業（食糧）.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8896</id>
   
   <published>2011-11-08T13:35:05Z</published>
   <updated>2011-11-08T13:53:59Z</updated>
   
   <summary>いまどき敵だ味方だという表現はよくありませんが、話の都合上、あえて使わさせていた...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[いまどき敵だ味方だという表現はよくありませんが、話の都合上、あえて使わさせていただきます。

21世紀は「世界政府」とか「地球一家」とか「人類みな同胞」の時代といわれます。

そうはいっても、世界の人びとが無秩序にごちゃまぜになるということではないでしょう。

長期にわたって居住する土地の、それぞれの空という環境の中で生活するのですから、その空の自然の秩序に従って生活しなければならないのはいうまでもないことです。

その時にもっとも基本的に大事なことは、<span class="underline b">その風土の産する、その季節の食物を食糧とする日常の食生活</span>です。

外国から買ってきて食えばよいとか、音のように外国のものを分奪ってきて食えばよいという考えは、世界の平和の秩序上からも、身心の健康の秩序上からも通用しないことです。

また、食糧ゆたかな国が、食糧の乏しい国に供与するのも、一時的なこととしてはたいへん立派なことですが、それが常習化や恒常化して食糧供与が貧しい乏しい国を支配することになるとしたら、好意や親切とはいえない性質のものになってしまいます。
戦後（第二次世界大戦後）、アメリカは日本を復興させるために、多大の食糧援助をしてくれました。

その援助で日本は息を吹きかえし、私たちは当時の感激をいまも忘れはしません。

感謝する心に変わりはあり豊ん。

あの時の恩を忘れはしないし、今後も忘れてはならないことです。

あれから五十年、いまや食糧事情と食生活はたいへんな変わりかたです。

その変わりざまは万人が承知ゆえ、ここに改めて記すのは省略します。

ここでのテーマに関することのみを述べるといたしましょぅ。

いまや日本は、産業経済の面ではアメリカに次ぐ大国になり、経済の面ではアメリカと経済戦争ともいわれる火花を散らすほどの勢いです。

ここで日本人もアメリカ人も、よくよく理解し覚悟しておかなくてはならないことがあります。


ドイツには「外国の食物をわが家の食卓にのせるな」という諺があるそうです。

これはえらいことです。

私はこの諺の真否や由緒を詳しく調べたわけではあり豊んが、私なりの解釈をすれば、これはしっかりした自然観や生命観と宇宙観なり世界観をもつ国民性のあらわれであると考えます。


いまの日本人のお仕着せ的な民主主義的頭脳には、この諺は封建的で排他的な印象に映るにちがいありません。

しかし、そのような受けとめかたや解釈や評価は、まちがいです。

この諺は、まさに「身土不二の原則」に立つ、国と国民の健康と自主独立を確立させんがための祖先の叡智にはかならず、この諺がいまも守りつづけられているなら、ドイツ民族は、やはりすぐれた国であり国民であり、改めて敬服させられます。

大戦中は、わが国同様に狂気の沙汰の行為・行動があったのは事実としても、大地にしっかりと根づいて立脚する根づよい民主主義が保存されているのを感じます。

世界各国、各国民とも、こと食糧政策、農業政策、食生活に関しては、こうあらねばならないことですし、こうあるべきです。

国によっては、これを実現したくてもできない境遇の国々が多いですが、基本的にはこうあらねばならない。

いずれの国、いずれの国民も自主独立の尊厳を確立するのには、可能なかぎり身土不二の生活実現に努力するのが正しいあり方です。

外国の食物をわが家の食卓にのせないということは、身土不二の原則に従う正しい生き方にはかなりません。

さて、身土不二の観点に立って日本とアメリカの関係の実態と現状を眺めるとどうでしょう。

いまの日本は「世界中の食物でわが家の食卓を満ちあふれさせよう」であり、「世界中の美味珍味を食いあさろう」というありさまです。

明治以降、日本と日本人は、極端にいえば日本の食物と食事法を食卓から追放し、放棄してしまいました。

これがそもそも間違いの根本原因で、以後絶え間なしの無謀な世界戦争へ駆りたてることになりました。

当時は狂気の支配によって、身土不二の真理に耳を貸し熟考する情勢になかったようです。

自然の法則や宇宙の法則を破ると、はまりこんでゆかざるをえない破滅と滅亡の道が口を広げます。

現在もなお依然として、間違えた道をそのまま突き進んでいる状況です。

戦後50年、表面的には豊かで平和で、金持日本と、ほとんどのひとは錯覚していますが、日本と日本人の歩んでいる道は、明治と戦後を引き継ぐ破滅と滅亡の道にかわりありません。

なぜこのようなことがいえるのか。

アメリカはアメリカの行った食糧援助で、戦後の日本国と日本国民を救い復興させ、いまや真の経済大国に発展成長させたと思っています。

それはまざれもない事実です。

このことに対しては、さきに述べたとおり、日本国と国民は深甚の感謝と報恩を将来にわたって忘れてはなりません。


しかし日本を独立させた後のアメリカと、豊国となったとぬかよろこびしている日本自体は宇宙法則を踏みはずした道を進んでいます。

日本は警したといえ独立の精神をもたず、アメリカは日本を警させたとは体裁だけで、実際は隷属させる関係を手放していないのです。

これは日本と日本人に最大の責任があるのはいうまでもありません。

日本人が舶来品崇拝族なのを逆手にとって、アメリカは日本の台所や食卓に踏みこんでくることをやめない。

これは他のモノゴトとちがって、まさに最大の内政干渉にはかなりません。

アメリカのこの攻勢に対して、日本自体がドイツのように「わが国は非常時以外は外国の食物を食卓にのせない」「のせてはならない」の先祖伝来の生活憲法があり、食糧および食生活に関しては干渉してくれるな、とハッキリ拒絶すべきなのです。

外国の食糧を食卓にのせるということは、自国の農業を潰すということではありませんか。

対外国の農業潰しに成功するということは、古い表現ですが「戦わずして勝つ」の兵法の成功であり、「敵を隷属させ、支配し、亡ぼすのに武器は要らぬ」の戦法です。

いわゆる<span class="underline b red">「糧道断ち」による占領</span>です。

日本は、戦後、科学工業貿易立国を宣言することによって、自ら「糧道断ち」を選択し、アメリカはこれさいわい、これ好都合とばかり、食糧の援助と売りこみによって日本を食糧消費市場に目論んだのは明らかです。

食糧貿易の門戸解放を強要し、日本の農業潰しに拍車をかけています。

これは相互扶助、相互互恵、内政不干渉、共存共栄、共存共生、共存共貧の関係ではなく、将来に禍根をもたらす関係です。

オレンジ解放によって、日本のみかん農家は潰滅しました。

農業としてのみかん栽培は破滅させられました。

そしていよいよ米の解放によって、稲作農家は潰減です。

農業としての稲作はごく一部分の特権的農業者と一部の企業以外は滅亡することになります。

「米とみかん」これは日本の生命です。

国の<span class="b">精華</span>です。

この二大精華を放棄するということは、わが国の解体と消滅へつながることです。

世界がひとつの国、ひとつの政府の時代になっても、それを成り立たしめ、支えるかっての国々や地域には、その国、その空の国体と精華は厳存しており、それを正しく理解し尊重し維持存続されるそれぞれの国民や民族の自覚こそ、真の民主々義であるはずです。

国体やその精華を正しく理解していない民主主義はまがいものであり、これを正しく理解しようとしない精神こそ専制的、封雷、軍国主義的といえましよう。

日本人はこれを放棄し、アメリカは放棄させることに成功しつつある。

要するに日本と日本人は、五十年前にアメリカおよび連合国との戦争は終了したと思いこんでいるのに、アメリカは終了させていなかったという解釈がなりたちます。


武器による戦争は「原爆」によって終了したけれど、日本を占領する政策はずっと継続されているのです。

いまようやく、米とみかんの農業を破滅させることによって、いよいよ念願の、日本国と日本人を裸にして支配できることになったのです。

それよりも何よりも、日本国と日本国民よ、これでよいのでしょうか。

「これでよいのか、おまえは糧道を自ら断っている」と私はいわざるをえません。

アメリカがわるいのではありません。

世界の他の国々がわるいのではありません。

お前自身がわるい。

お前自身の問題です。


お前は国の精華の「米とみかん」を放棄してまでも、科学工業貿易立国が正道であると信じた。

いまもって信じている。

糧道（自国農業）を確立して票ての工芸易立国でなくては正道ではないのです。

米とみかんの自給自足体制と食生活を確立しておいての工業貿易立国でなければならないのです。

食糧は、ドイツの諺どおり、100％自給でなくてはいけません。

そうでなければ真の自主独立国民とはいえません。


食糧戦略によって他国や他民族に干渉する行為は、武器を用いない戦争行為であることを、いまや世界憲章に明示する必要があります。

食糧は、機械工業製品や単なる物品や物質とはまったくちがう。

食糧は「イノチ」であって「モノ」ではありません。

イノチは本来、売買してはならないのです。

モノの売り買いは、自由に大いに行ってよくても、食糧をモノとして売買するのは人道をはずれる行為です。

食糧はイノチであるということを、人類はしっかりと理解し認識しておかなくてはいけません。
<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/book-review/1107212001.html">やる気のない人の「メカニズム」</a>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>身土不二と食物</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/身土不二と食物.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8895</id>
   
   <published>2011-11-07T01:05:34Z</published>
   <updated>2011-11-07T01:15:33Z</updated>
   
   <summary>外国などへ旅行する時、生ま水を飲むなと注意されます。 おなかをこわしやすいからで...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      外国などへ旅行する時、生ま水を飲むなと注意されます。

おなかをこわしやすいからです。

なぜ旅先の水は飲まないほうがよいのでしょう。

理由はいろいろあります。

いちばんの理由は、水質のちがいによる胃腸障害と伝染病の感染でしょう。

水質のちがいは胃腸をこわしやすくし内臓にストレスを与え、伝染病に感染しやすくする。

いったん煮沸した水や、公認の飲み水なら飲んでよいとされています。

こうしたことのために胃腸がとくに弱いひとは、自分用の飲用水を持参で外国旅行するひともいます。


異国、異風土の水は、日常飲み慣れている水とは、やはりいろいろと違いがあるのです。

水の化学記号はH2Oです。

H2Oで表示される水は、みんな同じに見えます。

学問上は水をH2Oと表示して一律に扱ってしまいますが、実生活上は一律ではありません。

さまざまな水があるのです。

水はH2Oだから、世界中のどこの水もみな同じはず、だからどこの水をどう飲もうと害はないはず、というぐあいにはいかないのです。

旅先きの水のちがいは明らかです。

ところが現代栄養学は、水はH2Oだからみな同じという考えです。

たとえば、タンパク質を一日75五グラム摂取しなさいという場合、肉でも卵でも魚でも大豆でも、要するに75グラムのタンパク質量であれば栄養的に摂取されているとみなします。

アメリカ産の牛肉であろうと、ニュージーランドやオーストラリア産の牛肉だろうと羊肉だろうと、人工暗室で飼育されたブロイラーであろうと、南アフリカの先でとれた魚だろうと、東南アジアの海で養殖されたエビであろうと、中国産の大豆であろうと、産地などかまいません。

値段が安くて食べられればいいのです。

商社は世界各地から商売になりそうな食物や食品をなんでも輸入し、食品会社はそれを日本人向きに巧妙に体裁よく加工して栄養食晶に仕上げます。

栄養士、調理師、料理人は栄養計算法にもとづいて栄養価を算出し、これこのとおり栄養があるから栄養食だというわけです。

水でさえ「処かわれば品かわる」　で、飲用には注意に注意をせねばならないのに、品質が水よりはるかに複雑な食糧や食品畔、経済効率さえよければ処かまわず輸入されてしまう。

表面的な衛生状態と栄養価だけで大手を振って流通し、使用されています。

これは、国民の健康を考える立場からは大問題です。

異空の産物は、異風土の元素から成り立っています。

タンパク質も脂肪も炭水化物も、その他の栄養素（ビタミンやミネラル）も、みなそれぞれ産地の元素によって成り立っている。

元素は、どこのどの元素も同じ記号の同じ表示だから元素にちがいはあるものかと、科学者も一般常識者も考えます。

しかし仮りに同じ元素でつくられたとしても、産地が異なれば異なった産物に仕上がってしまう。

さきほどのH2Oがよい見本です。


輸入食糧と国産食糧とでは、同じ品名や名称や、同じような形態をしていても、その成分のタンパク質は同じではないし、脂肪も炭水化物も、ビタミンもミネラルも、それぞれにちがいがあります。

たとえば日本の米（ジャポニカ）は食べてからだを違〃にするはたらきをしますが、外国産の米（インディカ）は��冷〃にするとはいいませんが日本の米ほどの「温」効能は保有していません。

水（H2O）ひとつを観察しても、土地によって水質や成分にちがいがあり、飲用の適不適があるように、食物も国内産と外国産にはちがいがあります。

国産の食物は、この日本の風土の光や水や土中の元素が結合しあったものです。

ですからこの風土の日光を浴び、この風土の空気を呼吸し、この風土の水を飲む日本人の人体によく共鳴しあってストレスや障害を生じさせる割合はすくなくすませます。

外国産の食物は国内産と同じというわけにはいきません。

その土地、その土地に生活する人体には適応しやすくても、「処かわれば晶かわる」ことを認識しておくべきです。

その程度の人体への不適合や不適応は微々たる問題といわれるかしれませんが、毎日の常食となると重大です。

なにを食べても丈夫で健康に自信ある強者には問題なくても、私のように生来弱かった者や、老人や乳幼児、それにいま病気治療とか療養中の人たちにはまざれもなく相当な負担になるのは事実です。

負担のみならず、病気の原因や、病気を促進する要因になっているのが事実です。

医学と医療が、日進月歩で進歩しているといつも自負しているにかかわらず、病気と病人と国民医療費はいっこうに減らず増大しつづけている、この原因のひとつに輸入食糧品の氾濫と常習による食の無秩序を挙げることができます。

輸入食品は弱者をますます弱者にする、病人をますます病人にする、そうした性格と性質のものなのです。

「生活しているその土地に正しい農法によってできる、その季節のものが最良の食べもので、それを正しく料理して、正しく食べる」ことの大切さは、日本人だけに当てはまることではありません。

世界中のひとすべてがともに守らなくてはいけない自然の法則であり、生命の秩序です。

異風土・異国の珍しい食物や食品は、噂好品として一年に一、二度のごちそうとして食べるのなら害はないでしょうが、常食は健康を害う一大原因となる性格・性質のものです。-----
EXTENDED BODY:
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>身土不二とは</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/身土不二とは.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8894</id>
   
   <published>2011-11-06T07:05:30Z</published>
   <updated>2011-11-06T07:18:16Z</updated>
   
   <summary>「日本民族はお盆と正月に大移動する」　といわれます。 日本人には、なぜ、このよう...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[<span class="b">「日本民族はお盆と正月に大移動する」</span>　といわれます。

日本人には、なぜ、このような性癖があるのでしょう。

お盆とお正月になると、生れ故郷に帰りたくなる。

生れ故郷には、両親やきょうだいや、おじいちゃんやおばあちゃん、親戚や幼な友達や先生がおり、先祖代々の墓もある。

仮りにいまはそれらはなにも無くなってしまったとしても、なつかしい山や川や森や林や野原や沼や湖や海はある。

憶い出の光景がある。

そうした故郷に無性に会いたくなる。

ほんのちょっとでいいから肉親の顔を見たい、面影をしのびたい、光景に接したい、風にあたりたい、そうした衝動に駆られて、自他ともに同じような行動に走ります。


外国人は、日本人のこうした集団行動を不思議がるとともに不気味にも恐怖にも感じるらしく、日本人とはへんな民族だと思う人が多いようです。

しかし外国には外国の、日本人から見たらすぐには理解しがたい同じような集団性癖はあるもので、必ずしも日本人だけの特異な性癖ではないのです。

故郷がえりの行為行動や心理は、民族のいかんを問わず、人間だれにもあることです。

赤ちゃんがお母さんの乳房を求め、孤児となった子が両親を恋い求めるのと同じです。

故郷には父母がひそんでいるのです。
<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/anti_cancer_drug_treatment/">大腸がんの抗癌剤治療</a>

父母の親の親の親の、そのまた親の親の、ずうっと先の親の陰と陽の光とその天御祖神がいるのです。

私たちのからだとこころは、故郷の所在を知っていて、わたしの頭がどうこうしようと思考するまえに、陰と陽の光の故郷に向かって行動を起こしてしまうのです。

生まれ故郷を出て、しばらく異郷で生活すると、故郷の光陰が心身からうすれて減少し生命活力が不足してきます。

すると本能的に、故郷のエネルギーを欲しくなる。

故郷の風土に接して充電したくなる。

矢も楯もたまらず故郷にかえり、故郷の風土に接すれば、タチマチに活気（生エネルギー）が充電されて元気が湧いてくる。

往復の交通渋滞や列車の混雑に消費されるエネルギーを要しても、それをはるかに凌ぐ生命力を故郷は与えてくれる。

私たちは本能的にこのことを知っていて、その時節になると生理的欲求となって民族移動的現象になるのです。

生気注入行動であり、生命エネルギー充電行動なのです。


このように、お盆と正月の民族移動は、身体と故郷＝風土は不二である、すなわち一体のものである一例といえます。

肉体を構成している主要な元素は、もとをただせば生まれ故郷の風土の元素ゆえ、故郷の風光や風土に接するのがいちばん身心を活性化しやすいのです。

生まれ故郷の空気や水や日光や食べものは、すぐに生命エネルギーとなる親密性と親近性があるのです。

桜沢如一は著書『生命現象と環境』（日本CI協会）において「身土不二の原則」を、次のように述べています。

<span class="b">「人類、動物、植物　−　あらゆる生命現象は、その環境、風土の産物です。</span>

私たち人間は「生活しているその土地にできる、その季節のもの」を、正しく食べることが、心身の健康の大条件です。」</span>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>赤血球中のナトリウムとカリウムの比率は、なぜ1対5がよいか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/赤血球中のナトリウムとカリウムの比率.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8893</id>
   
   <published>2011-11-05T05:00:10Z</published>
   <updated>2011-11-05T05:15:18Z</updated>
   
   <summary>地球の自然生態系（以後、地球生態系と表現する）は、遠心力と求心力のバランスによっ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[地球の自然生態系（以後、地球生態系と表現する）は、遠心力と求心力のバランスによって成り立っている。

これは私がこと改めて述べるまでもない事実です。

結論をさきに申せば、ナトリウムとカリウムは血液中の求心性力と遠心性力のバランス（釣りあい）を表現する代表的な象徴ミネラルである、ということです。

ほかにも指標となるミネラルバランスはいくつかあります。

それらの中で、ナトリウムとカリウムは、もっとも求心性力と遠心性力のバランスを象徴します。

地球が、緑の生命衛星として存在できるのは、宇宙の求心力と遠心力のバランスにかかっている。

このバランスに異変が生じたら、たちまち生態系に大変事が生じる。

この二つの力が宇宙の秩序を保っているから、地球も地球の万生万物も生存していられる。

求心力と遠心力のバランスは、万物の生命与奪権者であり生命規制者である、といえましょう。

それでは、求心力と遠心力の秩序とは、いったいどういうものなのでしょう。

これはまさに、天文学者や物理学者など、宇宙生命物理や理論を専門とする学者・研究者の証明分野です。

しかし人間の健康に関連した求心力と遠心力の研究学説におめにかかっていませんので、私見を述べるしかありません。

たとえば、地球の大気圏外へ宇宙ロケットを発射するには、求心力を1とすると、それに対抗する7倍以上の遠心推進力を必要とする、といわれます。

無重力圏へ地球から物体を運び出すのに、求心力1に対抗し突破する7倍以上の遠心力が必要である、ということです。

地球が太陽系の現状軌道を規則正しく運行できるのは、全宇宙の地球に対する求心力と遠心力のバランスが平均して1対6に規定されている、このバランスによる小宇宙と称される人体もこの規定に随順する。

人体も、もののみごとに、この二つの力に規定され、支配されています。

求心性と遠心怪の力とは、どのような特徴なのか、その主だったいくつかを観察してみましょう。

求心性とは、文字どうり、外部から中心とか内部へ、外から内へ向かぅ性です。

それゆえ求心性力とか求心力とは、内なる中心へ向かう力をいい、遠心怪力あるいは遠心力とは、内から外へ向かう力ということになります。


求心性力とは「凝集圧縮」に、遠心性力とは「膨張拡散」に象徴される。

ナトリウムは求心性力の、カリウムは遠心性力の代表的ミネラルです。

なぜなら、ナトリウムは縮ませたり、熱を閉じこめる特性があります。

カリウムは拡げたり伸したり、熱を開放したり、冷やす特性をもつミネラルです。

健康な赤血球の求心性力と遠心性力の比率は1対5というのは、人体において赤血球が最高に機能を発揮するのには、ちぢむ力とひろがる力のバランスが1対5の時に、もっとも好ましい理想的な状態になる、ということです。

人体は呼吸せずには生きられません。

ということは、細胞は呼吸せずには生きられないことを物語っています。

細胞に呼吸をさせているのが赤血球です。

赤血球のはたらきはこれだけではありませんが、赤血球は細胞に酸素を運搬し、炭酸ガスを搬出するという基本使命をはたすと同時に、赤血球そのものが人体を構成し機能させる最大の生命素子でもあるのです。

赤血球の状態いかんによって、人体の状態や体質のいかんがきまる。

たとえば、ナトリウムとカリウムの比率が1対7とか、1対7以上に遠心性（陰性）が優勢になったとします。

赤血球は「膨張拡散」の性質が優位になりますから、この赤血球によって形成される細胞や組織は、その組成形態も機能も総じて膨張拡散の性向となり、<span class="b red">ゆるみ、たるみ、ふとり、ひえる、</span>などの体質を現わすことになる。

それに応じた疾患や病症が生じやすく、気質も陰性に傾いたものとなります。

これとは逆に、ナトリウムとカリウムの比率が1対3とか、1対2などと求心性（陽性）が優勢になると、陽性特有の体質や気質、疾病が発現してくる。

1対5という比率は、「凝集圧縮」力と「膨張拡散」力の理想的調和（中庸）のとれた比率であると理解できます。

人体の健全な恒常性の根本は、赤血球のナトリウム・カリウム比の健全な調和性にある、といっても過言ではなさそうです。

赤血球のナトリウムとカリウムの比率の1対5は、人体という小宇宙の求心力と遠心力のバランスのモノサシです。

人体が健全であるためには、赤血球のナトリウムとカリウム比が1対五5であることが必要なる条件のひとつです。

石塚左玄は、当時の<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/dietetic_treatment_of_large_intestine__cancer/1106241443.html" target="_blank">自然農法の玄米の成分</a>の中に、これを発見しました。

この以前に、玄米と赤血球ではありませんが、玄米と人体が相似の関係にあることを江戸時代の医者でもあった思想家、安藤昌益（1703〜1763）は指摘し、解説しています。

『安藤昌益全集、統道真伝』（農文協刊）によると、<span class="b purple">「米粒は人間の諸要素をそなえ尽した一真である」</span>と、米と人体（人間）が深い関係および相似の象にあること、端的な表現をすれば<span class="b purple">「ヒトは米の化身である」</span>とまで表現しています。

石塚左玄は、人体をさらに踏みこんで、赤血球に米と人間（人体）の相似象を発見したわけです。


この二つのことからだけでも、玄米が人体および人間にとって欠くことならない食物かがわかるではありませんか。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>肉食好きの野菜嫌いは尿毒症・腎不全</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-cures-illness/肉食 尿毒症・腎不全.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8892</id>
   
   <published>2011-11-03T18:06:46Z</published>
   <updated>2011-11-03T18:28:37Z</updated>
   
   <summary>肉大好き。 毎日でも肉を食べたい。 肉を食べない日は、食事をした気がしない。 こ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米が病気を治す" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      肉大好き。

毎日でも肉を食べたい。

肉を食べない日は、食事をした気がしない。

このように肉好きのひとがいます。

肝臓・腎臓が頑張って働けているあいだはよいのですが、やがて、じきにギブアップします。

血液はドロドロに汚れ、ねばっこくなって新陳代謝力が乏しくなり、尿毒症になります。
これをさらに医薬品で対処してごまかして、食い改めをしないでおくと、肝臓は化学薬品の毒性を解毒しきれなくなり肝機能障害をおこし、同時に腎臓障害を生じるに至ります。
それでも依然として正しい食い改め処方がなされないと腎不全を招き、突然死となります。

これらのひとは、肉は栄養食で、野菜には栄養はないという昔の常識がこびりついています。

肉より野菜のほうが栄養食であり、からだに良いという常識に改める必要があります。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>米とみかん</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/米とみかん.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8891</id>
   
   <published>2011-11-02T20:49:01Z</published>
   <updated>2011-11-02T20:51:08Z</updated>
   
   <summary>日本人にとって「米とみかん」が生命であることについて述べておきます。 日本は四方...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[日本人にとって「米とみかん」が生命であることについて述べておきます。

日本は四方を海に囲われた島国です。

この島国で明るく健康にたのしく生活するのには、自然の制約を最大限に活用する知恵が必要です。

上古代、あるいは神代の時代の日本の先祖は、いったいどのような生活の知恵を体得し発揮されていたか、こうしたことに関して『秀眞伝』は実に重要な伝承をしています。


「米とみかん」は神代から、特別な位置づけをされています。

米が私たちの主食として最高の食物であることは、いまさらいうまでもありません。

稲作水田の開拓は、神代から近代に至るまでのわが国にとって、最高に重要かつ貴重な国と国民の開拓事業でした。

稲作農業はもっとも重要な産業でした。

日本人は稲作民族として、日本の文化と文明を築いてきたわけです。

「米」についてはすでによく知られていると思いますので、ここでは「みかん」に関していささかの説明をいたします。


私も『秀眞伝』を読むまでは、みかんはビタミン類など栄養豊富な果物の一種である、という程度の認識でした。

ところが『秀眞伝』には、「みかん」としてではなく「たちばなの実」として、その樹とともに政治や日常生活場面にたくさん出てきます。

「みかん」は「たちばなの実」のことです。


神代から古代にかけての「たちばなの実」は、もっと小さく硬くしまっていてニガ味のつよい赤黄金色の実だったようです。

この実が重要だったのか、この樹木が重要だったのか、この樹のすべてが貴重かつ重要だったのでしょうが、超古代の世界的楽園としての「常世の国」の香具の木として、米と同様に天界からこの日本の島国にさずけられた神木と位置づけされています。

そして「たちばな」という命名がされています。

なぜ「たちばな」の名称かについて、横佐知子氏が『食べものは医薬』（筑摩書房）で興味深い解説をしています。

その一部を引用させていただくと、


<span class="b">「タチバナとは、神霊がたち現われて田植えや農作業の時期を告げる花の意味であり、また、タジマモリの名前に由来するともいわれている。</span>

<span class="b">京都御所の紫廣殿には右近の橘があるが、古代においてタチバナとは柑橘類の総称であったようだ」</span>


「タチバナ」という名称の由来については、このほかにもあるにちがいありません。

わが国の神木と指定され崇められるのには、それ相応の理由や根拠があってのことに損得樟絹神代の先祖は、直観と実体験から、この木の神性および私は『秀眞伝』によって、橘が神木であることをはじめて学んだのでした。

それ以来、「食べもので病気を治す」立場で、「みかん」の研究をはじめました。

日本という島国での食生活は、神代の時代から今日至まで、いったいどのようであったのか。

「米」が主食に位置づけられたことはよくわかります。

「みかん」はどのような位置づけになるのかを研究してみました。

そして次のように見えてきたのです。

神代の神々が「橘」を神木と指定した生理的、生態的、医療的理由がわかってきました。
四方を海に囲われた畠の日本人が、この国で生活してゆくのには海の幸（海の産物）を除外しては成り立ちません。

この国では魚や貝や海草を食糧とせずには食生活は成り立たない。

米を生産するようになる以前の狩猟採集生活時代は、狩猟は重要な生活手段であったはずです。

生命の秩序や宇宙法則から考察すると、動物が動物を食うのは「陽性生物」が「陽性生物」を食うことになって、明らかに宇宙法則違反なのです。

できうることなら、人類は動物などの肉食をしないほうが良い。

しないで済まされる土地柄（風土）に生活しているのであれば、肉食をすべきではないのです。

『秀眞伝』にも、天照大神の言葉として、肉食をしてはならないと明示されています。

肉食の中では、魚貝は比較的に邪気、邪霊、毒気はすくない部類ですが、それでも動物であることにちがいありません。

食べずに済むなら、食べないほうが良いのです。

しかし、狩猟の時代から漁によって生活する人たちは、川辺や海辺にたくさんいます。

農耕が発達する以前に、漁猟によって生活をたてていたひとは、すでにたくさんいたはずです。

農耕が発達して普及して、米やその他の穀物が収穫される時代になっても、わが国の一般的な食生活は、雑穀といも類と野菜山菜と木の実と、それに魚貝類と海草類でした。

米は雑穀や木の実類にくらべればたくさんは食べられず、鳥獣肉は魚貝にくらべれば日常食ではなかったはずです。

「みかん」は陽光ゆたかな海辺の果実です。

潮風に当たってよく生育するだけあって、魚と相性のよい成分をたくさん含んでいます。
人体にとっては邪気・邪霊・毒気や病因となりがちな魚貝の成分を、みかんのもつ成分は中和と解毒と排泄にすぐれた作用をする。

みかんには人という陽性な生物が、魚貝という陽性な生物を食することによって過剰になりがちな陽性成分を、たとえば塩分やアレルギーやジンマシンをひきおこしやすいタンパク質を、中和したり消化促進する成分に富んでいます。

これらの観占章魚曇食べざるをえないこの国民に、橘を神木として、その実を磨〃として天は授け下されたのではなかろうか、と考察することができます。

米と野菜と魚は、日本の風土がしぜんに豊かに生産できる食物です。

日本人の定食素材です。

この日常食素材を、悪い副作用を最小限に減らして、子孫繁栄の食事として定着させる副食物として、緑の国土に太陽を象徴する「常世の国」の香久の木の実「みかん」は位置づけされたにちがいありません。]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>神の治療と人為の療法</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-cures-illness/自然治癒力.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8890</id>
   
   <published>2011-11-01T20:18:56Z</published>
   <updated>2011-11-01T20:37:34Z</updated>
   
   <summary>すぐれた医師や学者は、病気は医者や薬や放射線や手術が治すのではないことを知ってい...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米が病気を治す" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[すぐれた医師や学者は、病気は医者や薬や放射線や手術が治すのではないことを知っています。

病気は患者自身の自然治癒力が治す、と承知しています。

患者の生きようとする意志力と自然治癒力が失せてしまったなら、どんな名医が、どんな高価な秘薬や医術をつくそうが、病気を治すことも、患者を救うこともできないことを知っています。
これゆえ、医師と薬と手術は、患者の自然治癒力を高め強めるためのお手伝いであって、実際に病気を治すのは患者自身である、と述べています。

ところが大部分の医師と医学者は、まったくちがいます。

患者が体力を消耗しきってしまうほど検査します。

浴びるほどたくさんの薬を服用させます。

すぐ点滴を行います。

輸血もします。

いとも安直に手術します。

手術の繰り返しを、意に介しません。

薬物の投与が多くなれば、それに比例して血液・体液の汚濁が高まり、生命力の減退が余儀なくされるにかかわらず、いや血液には関係はない、それどころか薬と栄養剤によって血液はウイルスや菌に対して抵抗力を高め、殺菌力をも強めると信じています。


そうであるなら、薬や栄養剤の投与量に比例して症状はどんどん軽快になって、病気は治り、病人は減少しなくてはなりません。

しかし、現実はアベコベです。

それとも、まだまだ薬や栄養剤の投与量が不足しているのかもしれません。

いったいぜんたい、どの程度まで投与すれば、彼等のいう効果が証明されるのでしょうか。


医聖ヒポクラテスの<span class="b">「食物で治らない病気はない。食物で治らない病気は医者も治せない」</span>の格言はどこへ行ってしまったのでしょう。

医者とは、本当は、食べもので病気を治せなくてはいけないのです。

食べもので治せないのは、医の真理も倫理も原理も技術も十分に理解も体得もできていないからです。

現代は、医師も患者も、食べものに対する考え方がまちがってしまっています。

日々の飲食など、とるに足らないもの、食欲と空腹は満腹満足さえすれば良いもの、という程度の解釈です。

自動車や航空機の燃料であるガソリンのようなもの、という理解です。

単なる燃料用ガソリンよりは、その中に抗菌や殺菌作用をする薬剤が添加されたほうが安心感が高いし、さらに栄養剤が添加されれば良いにきまっているし、それでも足りなければ放射線照射や手術や移植を行ったほうが良いにきまっている、こうした付加価値により食べものなどより現代医療はくらべものにならないほど高貴であと正当化されています。

血液・体液が正しく理解されていないから、このような人工物優位を肯定し正当化する常識になってしまっているのです。

現代医療のみにかぎりませんが、錯覚が常識化されているのです。

食べものと血液、血液とからだ、血液の質と生命力など、生命の基本が正しく理解できていません。

正しく理解できていないということは、正しい医学と食物教育がなされていないということです。

すでに述べたことですが、素粒子は地球（元素の固まり）の母であり、地球は植物の母です。

植物は土を食べて生きますが、動物は土を食べては生きられません。

それゆえ植物をいただいて宇宙の元素をとりこみます。

動物は植物を食物とする原則はここにあります。

植物は動物の母なのです。

人間は植物を通して生命元素を体内にとりいれる、これゆえに原則として、人間は穀物菜食が正しいのです。

植物の葉緑素クロロフィルは人体に入って赤血球の血色素ヘモグロビンになる。

赤血球こそ人体の生命の素粒子といえます。

これをつくれるのは、食物と生体でしかありません。

食物のなかでも、穀物がいちばんしっかりした赤血球となり、その中でも玄米はもっとも質の良い赤血球に転換する元素の固まりです。


「化学医薬品で赤血球をつくれますか」。

「栄養剤の点滴や輸血で、患者本人の赤血球や血液をつくれるのですか」。

「骨髄移植で血液をつくれますか」。


これらの答は、すべて<span class="underline b red">「ＮＯ」</span>です。

これらはすべて、応急処置、一時的な間に合わせです。

造血機能と能力を完全に喪失してしまった疾病患者に対しては、これらの処方、処置もしかたありません。

しかし、造血機能と能力を喪失させる医療を継続しておいて、最終的にこの処方しかないと結論づけるのが人為人工力を主体とする現代医療の手法です。


<span class="underline b">造血機能と造血能力をすこしでも向上させる、</span>これが医学の根本でなくてはなりません。

それには、現状の血液状態をすこしでも良くする、浄化する、そのために全力が注入される医学と医療でなくてはなりません。

さあー、これはたいへんなことです。

地球環境問題も、核実験、原発、オゾン層破壊、大気汚染、河川汚染、地球温暖化、海洋汚染、土壌汚染、食物汚染等々、これらがすべて医療問題でもあるのです。

一滴の血液を、質実ともに、現状以上に浄血するのには、これらがすべて関係してくる。

医療とは、単に病んだ疾患部や病人を扱うだけでなく、本当は世界全体をイヤシロチ（清浄なる健康なる世界）にせねばならない使命をもっているはずなのです。

それなのに現代医療は、まるでちがったものになってしまっています。

人体を薬物と称する異物で穆しつつ、治療するという。

人体をケカレチ（頼れさせること、気枯れさすこと）化して治そうというのです。

食物によって浄血し、食物によって造血するということは、自分のからだで、自分用の赤血球を浄化し造血することです。

自分で自分の血液をイヤシロチにする、それによって疾患部をイヤシロチにする、そしてからだ全体をイヤシロチにする、神の治療とはそういうものです。
<a href="http://xn--v8jxho21jl6x1hmvgmt5t.jp/treatment_policy/">私の大腸がんの治療方針</a>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>白米食は弱者をなぜ弱くするか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/diet-on-brownrice/白米よりも玄米が良い根拠.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8889</id>
   
   <published>2011-11-01T10:17:48Z</published>
   <updated>2011-11-01T10:32:52Z</updated>
   
   <summary>米の化学成分表を、じっと、よく見てください。 白米は、玄米から糠（ぬか）層と胚芽...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米食が何故体にいいのか？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      <![CDATA[米の化学成分表を、じっと、よく見てください。

白米は、玄米から糠（ぬか）層と胚芽部をはぎとったものです。

はぎとり度に応じて五分つき米、七分つき米、胚芽米、精白米に分けています。

三分つき米というのもあります。

精白米は、玄米の８％が、五分つき米は玄米の４％が、はぎとられます。

昔は、お米もその他の穀物も精白しないで食べていたので「質実剛健」の体質と気風（精神）が人体にも社会にも充満していました。

江戸元録以後、白米になって、日本人は身心ともに薄弱、虚弱へと進行しています。

それに比例して、社会も国も変わってきているわけです。

精白するとヌカと胚芽が特に奪われ、タンパク質、脂肪、繊維およびミネラルが減少し、その中でもビタミンB1も急減しています。

江戸時代、白米の流行に比例して脚気が流行したのがうなずけます。

糠（ぬか）と胚芽をはぎとったデンプン質ばかりの多食では、体内のミネラルバランスが崩れてしまいます。

このため現代栄養学では、一日３０種品目以上の食品を摂取することを義務づけるわけです。

白米の欠陥を、副食で補おうというわけです。

白米食や白米社会の構造はそのままにしておいて、弱者を根本的に強く健康にするのではなく、その時とその場しのぎの対症的な処方です。

糠（ぬか）層と胚芽つきの玄米と、３０品目以上の副食つきの白米、自パンでは、意味も栄養の成りたちも、まるっきりちがいます。

このことに関しては、分散的な説明になりますが、このサイトの中で随時述べるといたします。

要するに白米食では食物どうしの栄養成分にいのち生命のつながりが無いのが最大の欠点です。

食品の栄養を人体の栄養に変換するについて、自米食は玄米食にくらべて何層倍もの過剰労働と作業を必要とし、そうしたからとて玄米と同等にはなりません。

人体は労多くして益少ない強制労働と作業を、毎日毎日義務づlけられるわけです。

五臓六腑や神経が酷使されて弱るのはあたりまえです。

玄米の糠（ぬか）層と胚芽部の成分は、有用微生物群が特に愛好する栄養分です。

この点が重要なところです。

有用微生物は腸内有用細菌叢となって、人体が必要とするあらゆる栄養素のほとんどをつくり出す、玄米は腸内に微生物の健康な共存共生社会をつくり出します。

白米はこうはゆかない。

デンプン質過多の白米は、活動する微生物の種類と繁殖を限定すると同時に偏らせてしまいます。

加えて、３０種品目以上の食品はそれぞれ統制のないバラバラな微生物を誘引したり、繁殖させたり、中には化学調味料とか化学添加物とか化学薬品とか放射能などを含有したものがありますから、有用微生物は滅殺されてしまい、腸内細菌社会は殺我と混乱の場になってしまう。

これでは心身ともに弱者が健全に健康になれるわけはありません。

お米の化学成分表を資料に、白米よりも玄米が良い根拠を『米食パワーを見直そう』（福場博保著・ちくま文庫）から関連部分をやや長くなりますが引用させていただきます。


<blockquote>
<p class="p30-t al-c b f12em">玄米・パワーはこんなにある！</p>
<p class="b p30-t f12em">成長期に欠かせないビタミンB1</p>
<p class="p30-l p30-t">精白によって、玄米の栄養素からとくに低下する栄養素はビタミンBlです。</p>
<p class="p30-l">B1は体のなかでは、糖質の代謝には欠かせないビタミンです。</p>
<p class="p30-l">（二木謙三博士も指摘しています）ビタミンB1の少ない白米食は、炭水化物の代謝が十分に行われないため、さまざまな欠乏症が多発します。</p>
<p class="p30-l">製薬会社はB1剤を製造して儲け、医師はB1剤を注射や錠剤で患者に一時的に補給して欠乏状態をしのがせてよろこぼれます。</p>
<p class="p30-l">医者も製薬会社も、自米社会と白米食者のおかげで大繁盛です。</p>
<p class="p30-l">玄米食社会になると、そうはいかなくなります。</p>
<p class="p30-l">玄米食を普及させてはならない理由は、こうしたところにもあるのです。</p>
<p class="p30-l">さて、人体は「1000キロカロリーのエネルギーを摂取した時、少なくとも0.23mgのビタミンB1が必要です。</p>
<p class="p30-l">0.4mgもとれば充分と考えられています。</p>
<p class="p30-l">平均的な日本人は、2000キロカロリー程度のエネルギーの摂取が必要とされています。</p>
<p class="p30-l">したがって、0.8mgくらいを毎日とればよいということになります。</p>
<p class="p30-l">最近の食生活は昔に比べかなり変化してきていますので、昔よりもビタミンB1を多く含む食品を食べるようになってきています。</p>
<p class="p30-l">しかし、調理時や添加物や環境の影響による損失を考慮にいれれば、十分な量をとれているとはいえません。</p>
<p class="p30-l">ことに、活発に動きまわる子供たちは砂糖や砂糖含みの菓子類をとる機会を避けられませんから、ビタミンB1の消耗も多く、したがって摂取量も多くなければなりません。</p>
<p class="p30-l">ビタミンB1は、成長期において知育発育に大きな影響力をもつものです。</p>
<p class="p30-l">正常な情緒を養うために不可欠などタミンです。</p>
<p class="p30-l">また、アルコール多飲とビタミンB1の欠乏による症例（ウェルニッケ脳症）などという病気も報告されています。注意が肝心です。」</p>
<p class="b p30-t f12em">不足すると恐いビタミンB群</p>
<p class="p30-l p30-t">ナイアシン（ニコチン酸の別称）やパントテン酸、ビタミンB1なども、不足すると様々な障害をもたらします。</p>
<p class="p30-l">ナイアシンが欠乏するとペラグラとよばれる皮膚炎を起こし、パントテン酸不足は血圧の低下により疲労しやすくなります。</p>
<p class="p30-l">ビタミンB1は悪性貧血の治療剤としても使われています。</p>
<p class="p30-l">ビタミンB1に劣らず成長期に欠かせない成長促進作用があり、さらに動脈硬化の予防に役立つと認められています。</p>
<p class="p30-l">ビタミンB6はつわり予防に顕著な効果があるビタミンですから、特に妊娠中は留意したいことです。」</p>
<p class="p30-l p30-t">玄米食をしていれば、すくなくともこれらが大きく不足するということはありえないことです。</p>
<p class="p30-l p30-t">毎日が玄米食なら、適度にたえずゆきわたらせられるわけです。</p>
<p class="b p30-t f12em">コリンの肝硬変予防効果</p>
<p class="p30-l p30-t">コリン、イノシトールも「B群」のビタミンです。</p>
<p class="p30-l">後者は玄米のヌカ層に多く含まれ、幼児期に成長発育するための促進因子であるといわれています。</p>
<p class="p30-l">高脂肪食やアルコールを多飲する人がかかりやすい脂肪肝や肝硬変の予防に欠かせないのがコリンです。</p>
<p class="p30-l">玄米には100g当たり約70mgのコリンが含まれています。</p>
<p class="p30-l">このコリンは、体の中で、肝臓に異常に脂肪が蓄積する反応を制御する役割を果たしています。</p>
<p class="p30-l">また、コリンはアセチルコリンという化合物になって神経伝達にも重要な役割を果たす物質です。</p>
<p class="p30-l">さらには、高塩分食による血圧上昇の防止効果も報告されています。」</p>
<p class="p30-t b f12em">玄米はミネラルの宝庫</p>
<p class="p30-l p30-t">玄米と白米を比較すると、成分的には、カルシウム、リン、鉄、カリウムの含有比は、それぞれ玄米の方が、167％、214％、220％、227％と圧倒的に多いのです。</p>
<p class="p30-l">カルシウムや鉄は一般的な日本人の食生活では不足しやすいものです。</p>
<p class="p30-l">このようなミネラルが豊かに含まれている玄米は、日本人にとってすぐれた栄養源です。</p>
<p class="p30-l">その他、各種ミネラル量を白米と比較しました。</p>
<p class="p30-l">微量ミネラル量についても、明らかに白米より玄米の方が量多く含まれています。」</p>
<p class="p30-t b f12em">細胞膜を守り、老化を防止するビタミンE</p>
<p class="p30-t p30-l">ビタミンEは、従来、生殖をコントロールするビタミンと考えられていました。</p>
<p class="p30-l">ところが、最近の研究によって、単に生殖だけではなく、体全体に対して大きな生理活性をもつものであることがわかってきました。</p>
<p class="p30-l">つまり、ビタミンEは、私たちの体のなかのすべての細胞の膜に分布して、膜の安定に役立っているのです。</p>
<p class="p30-l">細胞膜にはリノール酸が多量に含まれていますが、このリノール酸が酸化されると、膜の機能を劣化させてしまいます。</p>
<p class="p30-l">ところが、リノール酸が酸化される時にビタミンEが膜に存在していますと、ビタミンEは酸化に働こうとしている酸素を吸収して、リノール酸を安全に保護し、膜の劣化を防ぐのです。</p>
<p class="p30-l">もしも、ビタミンEが不足すると、膜が広がり、細胞あるいは細胞のなかで大事な生理活性の役割を果たしている、ミトコンドリア、ミクロゾームなどの活性粒子が破壊されてしまいます。</p>
<p class="p30-l">そして、生理機能が低下します。「細胞膜の門番」として、ビタミンEの役割はきわめて重要なのです。</p>
<p class="p30-l">また過酸化脂質もみのがせません。</p>
<p class="p30-l">過酸化脂質は、リノール酸のような、酸化されやすい脂質が酸化されて生ずる酸化物です。</p>
<p class="p30-l">これらが体内にたまると、ある場合には心臓病、ガンその他の各種の成人病の引き金になる危険性が増大します。</p>
<p class="p30-l">過酸化脂質はタンパク質などと結合すると、リボフスチンというものになり、神経細胞や脳細胞などに蓄積するといわれています。</p>
<p class="p30-l">リボフスチンは、老化色素ともいわれ、老化とともに体内に徐々にたまっていきます。</p>
<p class="p30-l">そして、神経伝達や脳細胞における各種の機能を低下させることになります。</p>
<p class="p30-l">ビタミンEがあれば、過酸化脂質の生成を防げ、過酸化脂質から導かれるリボフスチンの生成をも防ぎます。</p>
<p class="p30-l">すべての細胞が健全で、年をとってもその機能が衰えないようにするためには、すべての細胞の膜組織にビタミンEを十分に配置しておくことが大切です。</p>
<p class="p30-l">ビタミンEは、当初、小麦の胚芽から見つけられましたが、すべての植物の胚芽組織には多量に含まれています。</p>
<p class="p30-l">玄米にも多量に含まれていることは、よく知られています。</p>
<p class="p30-l p30-t">にもかかわらず現代人は、玄米を白米にして、ビタミンEやその他のビタミン、ミネラルを捨て去ってしまっておいて、白米を食べ、薬剤化したビタミンEやミネラル類を買い求めて補給しています。</p>
<p class="p30-l">しかし、人工ビタミンやミネラルは、玄米でとる天然のものとは、非常にちがうモノになってしまっていて効能と効果にも大きな差があります。</p>
<p class="p30-l">このビタミンEを摂取するためには、玄米のほかに、胚芽を含んだ玄穀物類を摂るのが正しい方法です。</p>
<p class="p30-t b f12em">玄米の食物繊維</p>
<p class="p30-l p30-t">玄米に含まれるダイエタリーファイバーの量はNDF値で、白米の約三倍もあります。</p>
<p class="p30-l">NDFとは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの三種の総量のことです。</p>
<p class="p30-l">食物繊維がガン予防するうえで重要な役割を果たしていることは、いまやよく知られています。</p>
<p class="p30-l">ヘミセルロースは腸管を通過する間に、各種の有害物質を吸着し、その排泄にたいへん役立っています。</p>
<p class="p30-l">精米によってこれが著しく減少することは非常にもったいないことです。」</p>
<p class="p30-l p30-t">以上のようにお米の精白化（白米化）は、生命の浪費であり、<p class="p30-l">栄養資源の損耗であり、弱者をますます弱者にするメカニズムに構築されるのです。</p>お米の精白化は、人間をも、社会をも、国をも地球をも、浪費の果ての身体精薄に仕立て上げます。</p>
<p class="p30-l">そうなってはならぬと、アメリカではすでに十数年前から精白しない穀物を食べる運動が政府の指導で行われているというのに、日本ではいまもって精白礼讃、精白化推進を政府も協賛しているありさまです。</p>
<p class="p30-l">国民をますます弱者にし、一部の特権企業や金持など強者をますます強者にせんがための政治を行っているとみられてもしかたありません。</p>
</blockquote>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>白米と白砂糖は結核と下痢</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.siawase-iryou.jp/brownrice-cures-illness/白米と白砂糖は結核と下痢.html" />
   <id>tag:www.siawase-iryou.jp,2011://97.8888</id>
   
   <published>2011-10-30T19:48:17Z</published>
   <updated>2011-10-30T20:14:31Z</updated>
   
   <summary>大正と昭和の前半期、結核はなぜあれほど、わが国では猛威を振るったのでしょう。 そ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="玄米が病気を治す" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.siawase-iryou.jp/">
      大正と昭和の前半期、結核はなぜあれほど、わが国では猛威を振るったのでしょう。

それは、白米食と白砂糖食生活が文化人および文化国への資格として、軍国主義国家観と一対となった「アメとムチ」だったのです。

自米食と白砂糖食は、結核菌を培養し、強化し、流行感染させるのに最適な、人体内外の環境をつくったのです。

現代のガンと同じように、当時の結核は不治の病とか死病と恐れられました。

そして、結核は結核菌が犯人だから、結核菌を撲滅するのが唯一最高の治療と予防法であるという常識が流布されたのでした。

このように人間は、己れの非を反省せず、悟ろうとせず、諸々の悪事や不都合なことの原因や責任は他に在りと転嫁して、結核の場合も原因は結核菌にありとしたのです。

結核菌には、とんだ迷惑なことです。

結核菌を招き、生み出し、培養繁殖させ、流行感染させるのはみな人間自身です。

白米と白砂糖に偏った食生活が、結核菌の風土、生活環境をつくり出すのです。


最近、自米食と白砂糖が復活してきています。

それに歩調を合せて結核が、暗然と復活してきています。

両者の因果関係がよくわかるではありませんか。


またこれらの食が流行の時は、下痢患者も増大します。

下痢は体力の消耗と低下をはなはだしく招きます。

抵抗力も低下します。

結核菌のみならず、赤痢、疫痢、コレラ、マラリア、流行性感冒等、およそ感染性の疾病の下地づくりが胃カタルや腸カタルを経て下痢症となります。

白米食と白砂糖食は、これらの素地づくりに最適の栄養食です。


いま、院内感染が、文化度の高い文明先進国で問題になっています。

文化度が高く、文明が進んでいるのなら、文化、文明の象徴のハズの病院で、起きてはならないことです。

白米とか白パンとか、白砂糖とか、抗生物質とか、こうした文化・文明度の高い飲食物や薬品が普及すればするほど、非文化・非文明的な、反文化・反文明的な現象や症状を招来するのです。
      
   </content>
</entry>

</feed>

