一物全体食はなぜよいのか?
なぜ一物全体食がよいか、について石塚左玄は次のように述べています。
「健康を保つには、生命あるものの全体を食べることだ。
野菜は皮をむいたり、湯がいたりせず、魚なら骨やはらわたを抜かず、頭から尻尾まで食べよ。
食物に陰陽の別はあっても、生きているものは、すべてそれなりに陰陽の調和が保たれているのだから、その部分だけを食べたのでは健康長寿は望めない。
自然界の動物たちの食べ方をよく見るべきだ。
彼らは人間のように包丁を用いたり、味つけをしたりはしない。」(沼田勇著『幕末名医の食養学』)
二木謙三博士は、「一物全体食」のかわりに「完全食」という表現をしています。
意味するところは同じです。
どちらも「陰陽の調和がとれている」点を重要としています。
陰陽の調和がとれているから、体内に入ったのちからだの調和を狂わしたり崩すこともすくない、というわけです。
からだの不調や病気は、陰陽のアンバランス、偏りの表現です。
たとえば血液でいえば、まえに書いたとおり、赤血球のナトリウムとカリウムの比率が1対5から大幅に偏って狂いつづけたり、崩れつづけることは、血液の陰陽度がアンバランス状態です。
健全なはたらきを行えなくなる。
したがって、体調は崩れてきます。
農薬や化学肥料や化学飼料にたよりきった、いのちのない食物や加工食品や部分食を常食するのは、いつも偏食(栄養的にかたよった食事)しているのと同じです。
いつも偏食しているということは、体内の生理活動をたえず強制的に調和と調整に酷使することになります。
たえず、ストレスをかけているのと同じです。
諸器官や臓器がオーバーヒートすることになる。
陰陽の調和はとりきれなくなり、代謝力も抵抗力も乏しくなり、病気になります。
これに対して、食物の陰陽バランスがよく調和がとれていれば、消化吸収に手間どったり、臓器官に余分の負担をさせることもすくない。
生理作用を狂わせたり、偏向させることもすくない。
一物全体食は、すべてに理がかなっています。
世界各国どこでも、伝統的な郷土食には、かならずすぐれた一物全体食があります。
古代からの土着の人たちは、かならずその風土に適合した一物全体の食法を築いて、子孫にその料理法をのこしつたえています。
現代でも長寿国と称される土地にはこの料理の真髄が伝承されています。
一物全体食は、直観と体験によって築かれ、「身土不二の原則」のひとつとして守られているのです。
それでは、食物はすべて一物全体食がすぐれているかというと、かならずLもそうとはいえない。
一物全体食がよいものと、そうでないほうがよいものとある。
この点に関して、食養の大家沼田勇博士は、次のように注意しています。
「一物全体食がよいからといって、先祖も食べなかったものを全体食するときは、充分な注意を払わねばなりません。
また、先祖が好んで食べた自然食でも、常に、その全体を食べていたとは限りません。
たとえば河豚がそうです。
また熊を射るための毒矢に用いるトリカブトの根などのように、それ自体は毒でも小量を用いて貴重な医薬としている場合もあります」 と。
現今の農畜漁産物は、化学農薬、化学肥料、化学栄養剤、大気汚染物質、水質汚染物質等々によってほとんどのものが汚染されています。
明治以前の状況とはまったくちがってしまっている。
石塚・桜沢・二木各氏が一物全体食を推賞した頃と、状況がたいへんちがっています。
各食物ごとにどの範囲まで全体食が可能か、十分なる研究と注意が必要です。
この点、穀物は、ポストハーベスト(収穫後の農薬処理)をのぞけば、種子自体が幾重もの自己防衛体制をとっており、全体食にふさわしい食物です。
大腸がんの食事療法
それでは玄米の一物全体食はなぜ良いのでしょう。
玄米は皮つきであるから尊い。
一般に食物の皮はきらわれ、軽視、無視されます。
しかしこれは大まちがい。
その尊さ重要さは、自分のからだの皮膚を考察してみてください。
皮が無かったらどうなりますか。
生命を保つことはできません。
万物同じです。
皮は皮どうし、相似の性や機能や形態をしています。
尊さ重要さにおいても同じです。
玄米の表皮は、何層かの脂肪、タンパク質、ミネラル、ビタミンなどを含む、いわゆる糠(ぬか)層です。
デンプン層(胚乳部)を包んで保護している。
この皮のおかげで、炊かれて、ごはんとなって口から摂取される時に、デンプンが一度に過剰に消化吸収されないようになっている。
血糖値が一気に上昇しないように、表皮の層が人体の消化と吸収の順序・秩序に応じて分解され、適材適所に適量の成分が調整されて配給される。
そのおかげで、正常かつ健全な血糖値が保たれる。
玄米をよく噛んで食べておれば、血糖値の上り下りを心配する必要はない。
玄米の皮と実とが、胃腸と十分な交信をとりあって、主人たる人体に不都合ないようにとりはからってくれる。
これが白米や白砂糖や精製食品やアルコール類となると、人体の適所に適材としての役割が果せません。
局部局所で過剰に急激に吸収されたり、処理しきれなくなったりして一気に血糖が上がったり減少したりして、胃腸の働きを害したり、糖尿病にしたりします。
糖尿病に玄米食がよいのは、以上のような理由もあるからです。
玄米の皮は、ここでは、ほんの一例を述べただけですが、このように偉大なハタラキをしてくれるわけです。
単なる皮ではない。
栄養物質や繊維質や生命素成分が何重にも層をなしていて、
歯、口腔、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、肛門にいたる消化器系の各部、各処、各環境に対応して一枚一枚と層が活用され、
酵素やホルモンや消化液や腸内菌や粘膜が正常で健全なハタラキをする素材となったり、発ガン性物質を吸着して排泄を促したり、絶大なる天然の生命の恵みを人体にもたらしてくれます。
白米にしてしまったら、こうしたハタラキは不可能です。
皮のみならず玄米の一物全体ともなれば、さらにはかりしれない生命成分と生命力伝授のシクミが組みこまれて完備されています。
こうした理由もあって、一物全体食のできる玄米やその他の穀物が主食とされるゆえんです。
お気に入りのブックマーク・RSSに登録 »
関連記事
サイトマップカテゴリー:玄米食が何故体にいいのか?
トラックバック(0)
http://blog.shigoto-shikaku.com/mt/mt-tb.cgi/6562


