身土不二とは
「日本民族はお盆と正月に大移動する」 といわれます。
日本人には、なぜ、このような性癖があるのでしょう。
お盆とお正月になると、生れ故郷に帰りたくなる。
生れ故郷には、両親やきょうだいや、おじいちゃんやおばあちゃん、親戚や幼な友達や先生がおり、先祖代々の墓もある。
仮りにいまはそれらはなにも無くなってしまったとしても、なつかしい山や川や森や林や野原や沼や湖や海はある。
憶い出の光景がある。
そうした故郷に無性に会いたくなる。
ほんのちょっとでいいから肉親の顔を見たい、面影をしのびたい、光景に接したい、風にあたりたい、そうした衝動に駆られて、自他ともに同じような行動に走ります。
外国人は、日本人のこうした集団行動を不思議がるとともに不気味にも恐怖にも感じるらしく、日本人とはへんな民族だと思う人が多いようです。
しかし外国には外国の、日本人から見たらすぐには理解しがたい同じような集団性癖はあるもので、必ずしも日本人だけの特異な性癖ではないのです。
故郷がえりの行為行動や心理は、民族のいかんを問わず、人間だれにもあることです。
赤ちゃんがお母さんの乳房を求め、孤児となった子が両親を恋い求めるのと同じです。
故郷には父母がひそんでいるのです。
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父母の親の親の親の、そのまた親の親の、ずうっと先の親の陰と陽の光とその天御祖神がいるのです。
私たちのからだとこころは、故郷の所在を知っていて、わたしの頭がどうこうしようと思考するまえに、陰と陽の光の故郷に向かって行動を起こしてしまうのです。
生まれ故郷を出て、しばらく異郷で生活すると、故郷の光陰が心身からうすれて減少し生命活力が不足してきます。
すると本能的に、故郷のエネルギーを欲しくなる。
故郷の風土に接して充電したくなる。
矢も楯もたまらず故郷にかえり、故郷の風土に接すれば、タチマチに活気(生エネルギー)が充電されて元気が湧いてくる。
往復の交通渋滞や列車の混雑に消費されるエネルギーを要しても、それをはるかに凌ぐ生命力を故郷は与えてくれる。
私たちは本能的にこのことを知っていて、その時節になると生理的欲求となって民族移動的現象になるのです。
生気注入行動であり、生命エネルギー充電行動なのです。
このように、お盆と正月の民族移動は、身体と故郷=風土は不二である、すなわち一体のものである一例といえます。
肉体を構成している主要な元素は、もとをただせば生まれ故郷の風土の元素ゆえ、故郷の風光や風土に接するのがいちばん身心を活性化しやすいのです。
生まれ故郷の空気や水や日光や食べものは、すぐに生命エネルギーとなる親密性と親近性があるのです。
桜沢如一は著書『生命現象と環境』(日本CI協会)において「身土不二の原則」を、次のように述べています。
「人類、動物、植物 − あらゆる生命現象は、その環境、風土の産物です。
私たち人間は「生活しているその土地にできる、その季節のもの」を、正しく食べることが、心身の健康の大条件です。」
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